更新日時
2026/6/25 02:28
公開日時
2026/6/25 02:29

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前回のブログで、僕は子どもの頃、チームで一番小さくて弱くて、足も遅かったという話をしました。
正直、運動の才能に恵まれた子どもではありませんでした。でも、ひとつだけ、本当にひとつだけ、誰にも負けないと思っていたものがあります。
それが「コツを掴む早さ」です。
今日は、この「コツを掴む早さ」がどこから来たのか。そして、それがなぜお子さんの将来にとって決定的に大切なのかを、書かせてください。

新しい動きを教わったとき、新しいスポーツに初めて触れたとき。僕は人より少し早く、「あ、これはこうやればいいのか」と掴むことができました。
最初は、自分でも理由が分かりませんでした。運動神経がいいわけでもないのに、なぜだろう、と。
でも今ならはっきり分かります。あれは才能ではなく、経験の数だったんです。
僕はサッカーだけをやってきた子どもではありませんでした。とにかくいろんなスポーツで身体を動かしてきた。走って、跳んで、投げて、転がって、ぶつかって。その一つひとつが、身体の中に「動きの引き出し」として残っていったんです。
人が新しい技術を覚えるとき、実はゼロから覚えているわけではありません。自分がすでに持っている動きを組み合わせて、新しい動きを理解しています。
たとえばサッカーのジャンプヘッド。あれはサッカーだけやっていても上達しますが、バスケットボールでリバウンドを取った経験、陸上の走り高跳びで踏み切った経験があれば、「ああ、あの感覚か」と一瞬で掴める。引き出しが多いほど、新しい動きと「つながる」確率が上がるんです。
逆に、ひとつの競技の、ひとつの動きしか知らない子は、引き出しが少ない。だから新しいことに出会うたびに、毎回ゼロから覚え直すことになる。これが、同じ練習をしても伸びに差が出る理由のひとつです。
僕が「コツを掴むのが早かった」のは、頭が良かったからでも、運動神経が優れていたからでもない。ただ、引き出しが人より多かった。それだけなんです。

「うちの子はサッカーが好きだから、サッカーだけやらせたい」
その気持ちは、本当によく分かります。でも、特にゴールデンエイジ(小学〜中学年代)のうちは、一つの競技に絞るのはまだ早い、と僕は考えています。
この時期にいろんなスポーツを経験して引き出しを増やしておくと、後で専門競技に絞ったときの伸びがまるで違う。世界のトップアスリートにも、子どもの頃は複数のスポーツをやっていた選手が驚くほど多いんです。早くから一つに絞った子よりも、いろいろ経験した子のほうが、最終的に高いところまで行く——これは決して珍しい話ではありません。
引き出しを増やす時期に専門技術ばかり詰め込むのは、前回お話しした「根っこと幹を育てずに花を急ぐ」のと同じこと。順番が逆なんです。
そして、この「コツを掴む早さ」は、子ども時代に身につけておくと、一生モノの武器になります。
前回お話しした「マッスルメモリー」を覚えているでしょうか。身体で覚えた基礎は、長い休みがあっても忘れない。引き出しの多さも同じです。一度たくさんの動きを身体に入れておけば、それは大人になっても消えません。
新しいスポーツを始めても、すぐにそこそこ動ける。仕事や勉強で新しいことに挑戦するときも、「学び方」そのものが身についている。コツを掴む力とは、結局のところ「新しいことを早く自分のものにする力」なんです。スポーツの枠を超えて、人生を通して効いてきます。
ここまで読んでいただけたら、ASAがなぜ陸上×マルチスポーツにこだわるのか、もう伝わっていると思います。
僕たちがやっているのは、まさにこの「引き出しを増やす」作業です。陸上で正しく速く動く土台をつくりながら、さまざまなスポーツの動きを経験させて、子どもの身体の中に動きの引き出しをどんどん増やしていく。
それは、僕自身が小さく弱い身体で、それでもプロまでたどり着けた——その理由そのものを、子どもたちに手渡す作業でもあります。日本でプロになれなかった僕にチャンスをくれたタイで、次の世代に同じ武器を残したい。それが、僕がこの教室でやりたいことです。
派手ではありません。でも、お子さんが10年後、20年後に「あのとき、いろんなことをやっておいてよかった」と思える。そんな土台を、今のうちに一緒につくりませんか。
ASAでは無料体験を受け付けています。サッカーが好きな子も、まだ好きなスポーツが見つかっていない子も大歓迎です。いろんな動きに触れて、お子さんがどんな顔をするか——まずは一度、見にきてください。
▶ 体験のお申し込みはこちら
https://forms.gle/8dDrMyZddUzj8MBp8
書き手|小島聖矢(こじま・せいや) Advance Sports Academy 代表。日本人初の大卒タイリーガー。日本でプロになれずタイでキャリアをスタートし、その経験から「すべてのスポーツの土台をつくる」ことの大切さを伝えるべくASAを設立。モデル・タレントとしても活動。バンコクで子どもから若い世代の挑戦を支えている。
次回の代表ブログ:「日本でプロになれなかった僕が、タイで道を見つけた話 ― 恩返しのかたち」
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